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今日の1曲🎶🌟♡Let Your Love Flow🌟🎙The Bellamy Brothers

★最強な人(Almighty Person)

《後編 ❶》

ここからが大きく人気のバロメーターが変わって来る。
高校はまず不良ぼっい奴が人気になった。
賢い、真面目は”それが何⁉️、つまらない!”という評価に成り下がってしまった。
頭が良い人は別世界の人になってしまい、運動能力もさほど人気を得る要素にはならなかった。マラソンで覚醒した俺は高校1年の時、体育章テストで『中級』を取り、自慢げにシルバーのバッチを制服に付けていたけど、大した効果はなかった。ちなみに50m走は、6秒6、懸垂20回、1500m走は4分15秒、ハンドボール投げ25mだった。(ちなみに中3の時に初級でプロンズバッチを取っていた)そして、柔道一直線の足でピアノを弾く”結城真吾(近藤正臣)に憧れて柔道部🥋に入部したのだ。
個性がクローズ・アップされてきたのだ。

人気は“不良っぽい男とオモロー”だった。
ファッションや髪型等の見た目も重要。
俺の高校時代は、ファッションはIVYルックが全盛だった。
それ以外は『イモ』と分断された。

やはり最強は『オモロー!』で、次点には『不良』だった。
本物の『不良』ではなく、あくまで『不良っぽい』というファッション不良だった。

チョイ悪で、IVYで、オモローなら無敵👊!という事だ。とにかく服を買いまくった!『VAN』『Kent』『MACBETH』『REGAL』等だ。三宮商店街にあった『MAC』は聖地だったし、元町商店街の『フナキヤ』は、IVY・ルックのワンランク上のショップでは『MACBETH』のパンツ等を買った。

俺は喧嘩はあまりしなかったので、『ファッション・不良』だったかな?(笑)“陸(オカ)サーファー”みたいなものか…(o^∇^o)
ここから『最強の人』という者がチラッと見えてきたように思う。
どんなに喧嘩の強い奴でも、『オモロー』には勝てない。
『オモロー』は先天的な要素が強い!と、言う事。

少年の頃から面白くないやつは大人になっても面白くはないのだ。笑いはセンス✨なのだ。
センスは生まれ持ってのもの!
“運動センス””ファッション・センス””お笑いセンス”のこれらのセンスは、先天的なもの!と言い切る(笑)(o^∇^o)

センスとは「生まれつき備わってるもの」と、言い切ったけれども、「安心してください(*^^*)」後天的にセンスが良くなる方法があります。
センスのない人は、たとえば「着る服なんて何でもええわ!」と、思いがちですが、それがそもそもダメなのです。
日々の暮らしの中に「これはいい、これはダメ」をジャッジをすることで、審美眼が養われ、自然とセンスが磨かれてゆくものだと思います。
「面白い⇔つまらない」「カッコ良い⇔カッコ悪い」の自分の判断基準を明確に持つべきです。

大学生になると、もっとチャラい要素が入って来ます。
『一億総白痴化』(社会評論家の大宅壮一の言葉)の言葉が流行した時代で、テレビ観過ぎの悪影響の事を唱えたもの。

学生なのに車を持っていて(車がないと海へは行けない)、サーフィンして、スケボーもスキーもテニスもし、日焼けロン毛でシティーボーイと呼ばれるジャンルの人間になれば、人気が出た時代。だから“陸(オカ)サーファー”みたいなものが現れたのです。「サーファーならモテる!👀✨」という単純な妄想です。大阪ミナミ『アメリカ村』が出来たのも大きい。俺は学校が終わってからわざわざミナミのアメ村まで、週2で車で通っていた。古着屋に輸入盤屋、雑貨屋が並び、ショッブからは、ジャクソン・ブラウンやイーグルスリンダ・ロンシュタットが流れ、SEX WAXのココナッツの甘い香りや、お香の香り、MUSKのコロンを付けたサーファーが闊歩していた。

色白の奴が、VWゴルフの屋根にボードを積んで街を走る者まで現れた。(笑)それもデッキを上にして積んでいる者もいた。🤣ボードの裏にサーフWAXを塗るようなヤツらだ。(˶ᐢᗜᐢ˶)スキーとちゃうど (笑)

何故に一挙にサーファーが溢れかえったのでしょう…⋯🤔💭

それは男性向けのファッション雑誌『POPEYE』が創刊され、アメリカの西海岸🌴🌴のカルチャーが輸入され、ウェスト・コーストかぶれが激増!した事が大きく影響していたんだろう。

私をスキーに連れてって
白兎海岸にて

「キミ👉キャワイイね!(σ・▽・)σ」的な、軽い軟派な男が世の中に溢れていた。
「俺か、俺以外か…」「サーファーか、それ以外か…」って話(笑)

もう完全に、トレンド(時流)に乗ってしまう気質に自分はなっていた。そして社会人になった。
まだそのアメリカの流れを引きずりつつ、DCブランドの登場。ちなみにDCとは、『デザイナーズ & キャラクター』の略。直流のDCではない。
『傷だらけの天使』ショーケンがアイコンになり、『BIGI』や『COMME des GARCONS』『Y’s』を中心とした、DCブランドの大流行がやって来た。
この時代の流れに乗り遅れたらもう蚊帳の外に追いやられてしまった。

スーツやJKTを着て、ボディコン女を連れ、お洒落なカフェBAR🥃に行くのがトレンドの時代。

俺はこの頃、セゾングループ『WAVE』で働いていたので、東京へ出張の際には、渋谷の『Old New』にわく飲みに行った。何と!俺の地元の六甲にも『Old New』が出来た時は驚いた!(“゚д゚”)エッ!オレの家から車で3分の所に出来たのだ。

酒が飲めないと話にならないのがリーマンになって解った。
そして仕事でもブライベートでもスマートで、弁の立つ男が男女を問わず人気があった。

この時代は『BALL』『CPカンパニー』『Giorgio Armani』等のイタカジ🇮🇹スーパー・フォーマルのブームが同時にやって来ていた。
オフィシャルには、DCブランド、プライベートはイタカジ🇮🇹という着こなし分けの感じだった。マニアックな🇮🇹カジュアル『RED BUTTON』やフレンチ・カジュアル🇫🇷の『CHIPIE』もお気に入りだった。
金がいくらあっても足りなかったなぁ~💸💸💸

バブル期まではそんな服で武装していて、人間性も“フットワークの軽さやスタイリッシュさ”を重視していた。
いわゆる、横文字系の、仕事がもてはやされた時代でもあった。
コピーライター、デザイナー、パタンナー、プランナー、エディター、コーディネーター、ターミネーター(笑)等が人気があった。
この中では最強なのは、『ターミネータ』だった!(笑)🤣

結論が出ましたね!『最強の人』…

それは『ターミネータ』なのだ‼️(」ᐛ )」 ̖́-

「って、違う違う‼️そうじゃない‼️(≧∇≦*)✨✨」


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DJ saichin Records

View Comments

  • 「愛はそよ風」、懐かしいですね。日本では流行らなかったと記憶していますが、流石ですね。
    歌い手さんの顔がオシャレとは言い難いですが、この回のBGMで間違いないですよね。
    ところでSaichinは高校時代は角刈りだったんですか?
    てっきりベラミー・ブラザーズのようなロン毛&ヒゲダンだと思っていました。

    • サーファーはどの人種よりも耳が早いのです。
      情報強者!でしたね。
      音楽、服、店は携帯の無い時代でも情報を得るのは早かった。 やはり雑誌「ポパイ」や「Hot Dog」のおかげやったかもね。足でも稼いでたし。
      とにかく気になれば見に行く!というフットワークも軽かったし。
      何で、オレが角刈りだと思ったの?
      もちろん俺はロン毛ガン黒歯白✨でしたよ(o^∇^o)